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人種

ガボン人は、黒人です。
ガボンで働いている外国人もサハラ以南の国(セネガル、ベナン、カメルーンなど)から来ている人が多いので、黒人が多いです。時々モロッコ人と思われる色の白いアラブ系の人や、フランス人らしき白人も見かけますが、少数です。

そんな中で、私たち日本人は、どんなに日に焼けてもここの人たちに比べると色が白いので、目立ち、街を歩いていると、「ブランシュ!」(白人という意味)や「シノワ!」(中国人)、「ヒーホー!」(ガボン人たちが中国語の「ニーハオ」という意味で発する言葉)と声をかけられます。ガボン人にとっては、日本よりも中国の方がなじみがある(実際、在ガボン中国人は多く、中国系の会社も結構ある様子。また、生活用品のほとんどが中国製。)ようで、「ジャポネ!」(日本人)と声をかけられることはほとんどありません。(ただ、最近の私は髪を一つにくくって、眼鏡をかけているので日本人が見ても中国人かと思うかもしれませんが・・)

「シノワ!」と言われると「日本人だ!」とか、「ヒーホー!」と言われると「日本人だから、次からは“こんにちは”と言って」とか、その日の気分によって答えたり、無視したりしていますが、時々ムキになって答えている自分に気付くと、自分が日本で生まれ育った「日本人」であることを改めて意識し、意外と誇りを持っていることを感じます。

ガボン人の中には、中国も日本も韓国も同じようなもので、言葉も通じると思っている人がいる(日本人の中に、アフリカが一つの国だと思っている人がいるように)ので、日本人に対して「シノワ!」ということに悪気がない人がほとんどなのですが、できればここランバレネの人たちには、日本人の私がいることを少しでも知ってもらえたらなぁと思ってます。

でも、そんな日本人意識を感じつつも、やはり、似た人種に出会うとほっとするところがあるもので、家の近くに住む3人の中国人や先日職場にHIVの検査に来た中国系フィリピン人には、何となく親近感と安心感を感じ、これまた「アジア」圏というものをアフリカで感じたりもするのでした。
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虫・・・

赤道直下のガボン。熱帯雨林気候です。
動植物が豊かで、特に鳥類に関しては、その世界では、かなり有名な国らしく、ガボンにしかいない貴重な鳥もたくさんいるとのこと。先日MSNのニュースでも、ガボンで新種の鳥が発見された、と報道されていました。

そんな気候なので、私の苦手な虫類も豊富です。
蚊はもちろんのこと、蜘蛛、トカゲ、ゴキブリ、蟻・・。隙間だらけの家の中にもたくさんいて、毎日ビビりながら戦っています。ただ、日本のように、虫対策グッズが豊富ではないので、頼りは殺虫剤のみ。殺虫剤は、かなり強く、びっくりするぐらい蟻やゴキブリに効果的です。でも、同時に人間も気分が悪くなるくらいの臭いを発しているので、本当に体に悪そう・・。
少しずつ虫たちに慣れ、戦うのではなく、上手く共存することが一番なのかもしれません。
(でもゴキブリだけは本当に嫌です・・。)

食事

1人暮らしとなり、当然ですが、毎日の食事は、自分で準備しています。
1人暮らしは長かったものの、特に大阪で働いていたここ4年間は、外食に加えて、お湯を入れて3分で食べられるカップ系や、○-ソン、セ○ン・○レブン、またスーパーのお惣菜に頼ることが多かった日々・・。今は、仕事が15時~17時(早ければ14時過ぎ、たまに遅くなっても18時)には終わるので夕食を作る時間は、たっぷりあるものの、限られた食材で準備をしなければいけない状況。実家から送ってもらった貴重な日本食を時折織り交ぜながら、ほぼ毎日、創作料理となっています。
野菜は、玉ねぎ、人参、ジャガイモ、トマトなど、青野菜は無い(時々近くに住んでいる中国人が家の庭で作ってる白菜をくれるくらい)ものの、基本的なものは揃います。ただ、肉系が・・。肉は、鶏肉、豚肉、羊肉・・色々ありますが、全て冷凍&大きなパック。あまり買う気にならず、ソーセージやツナ缶、そして今まであまり使ったことのなかったオイルサーディンに頼ってます。魚は・・ガボンの中でも川魚がおいしいことで有名なランバレネなので、市場でたくさん売っているのですが、まだ手を出すことができていません。(その内挑戦してみます。)

そんな中で、先日、JICAの水産専門家としてガボンで働いていらっしゃる小木曾さん(アフリカで仕事をして30年という超ベテラン専門家)が、濱川さん(ランバレネの水産センターで働いている私の同期ボランティア)と一緒にマユンバという海辺の街まで出張した帰りにランバレネに寄ってくださり、お土産として伊勢海老をくださいました!!濱川さん宅にバーベキューセットまで買ってくださり、みんなでその伊勢海老を炭焼きにして食べることに。

こんなに大きな伊勢海老、日本でも食べたことありません。
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ほんとにおいしかったです!元気出ました。小木曾さん、ありがとうございました!
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なお、その約1週間後、今度はJICA事務所の所長と調整員の方が同様にマユンバに出張に行かれ、帰りにランバレネに伊勢海老とともに寄ってくださり、また、炭火焼き!
ここ2週間ほど、伊勢海老についてて、とってもラッキーでした。
密かに次は誰かなぁと、次回を期待しています。

通勤

今住んでる家は、「アトンゴワンガ」という住宅街(結構大きなお家が並んでいて、この地域では、高級住宅街と思われる)にあります。大きな通りから少し脇道に入っているので、毎朝通勤時には大きな通りまで約300mくらい歩き、タクシーを捕まえています。

なお、ガボンのタクシーは、乗合いが基本です。車は、かなり使い古したTOYOTAカローラがほとんどなので、お客の定員は助手席1人と後ろ3人の4人まで。通りかかるタクシーを1台、1台、見て、席が空いてそうだったら、手を挙げ、自分の前で止まってもらいます。そして、行きたい地区の名前を言って、そのタクシーがその地区に行くなら乗り、行かないなら乗らない、という感じです。乗っていいという合図は、大抵、運転手がクラクションを軽く鳴らしてくれます。
料金は、だいたい1回100F(約25円)で、100Fで乗る時は運転手と値段交渉不要です。でも、少し遠くまで行くとか、大きな荷物があってトランクに荷物を入れてもらう場合は、「200F(約50円)」「300F(約75円)」などと乗る際に値段を言って、乗せてもらいます。(運転手がその値段では、満足しないときは、乗せてくれません。)
降りる時は、降りたい場所で、「止めて」と言うと止めてくれるので、好きな場所で降りられます。

私は、毎朝、アトンゴワンガから「マテリユー」という地区まで約3、4分、100Fでタクシーに乗り、そこにあるパン屋さんで昼食用のクロワッサンを買った後、そこから約10分職場まで丘を歩いて登っています。タクシーを捕まえることもできるのですが、運動だと思って、今はまだ歩くことを続けてます。しかも、こちらの人たちは、見知らぬ人でもすれ違い際には、必ず「ボンジュール!」と挨拶を交わすので、毎日歩いていると結構道沿いのお店や家の人と顔見知りになることもできて楽しいです。
帰りは、同様に職場からマテリユーまで歩き、そこでタクシーを捕まえて家に向かうか、もう少し歩いてマルシェ(市場)などで買い物をしてからタクシーを捕まえます。

ランバレネは、小さな街なので、タクシーの数も限られている(正確には把握してないけど、100台弱)らしく、タクシー運転手の中には、私のことを覚えてくれている人もいて、帰りにマテリユーでタクシー待ちをしてたら、むこうから「アトンゴワンガの方に行くよ」と教えて乗せてくれる人がいたり、朝、マテリユーから職場まで歩いている時に「ついでだから」と言って空いてる席に無料で乗せてくれる親切な人もいます。

最初は、一人でタクシーに乗る時にドキドキしていて、目的地に着くまで全く余裕がありませんでしたが、今は慣れたものです。こういったところに、ガボンに来て経過した3ヶ月の時間を感じます。

1人になりました。

今日、マリカさんの姪、妹はそれぞれの家に帰って行きました。彼女たちは、まだ学生で、ヴァカンス(長期休暇)の間、ランバレネのマリカさん宅に来ていただけなんです。
そして、マリカさんも引っ越ししてしまいました。もともと、別の都市に9月から異動になるから、私がマリカさんの家を引き継ぐという話だったのですが、マリカさんが実際別の都市で働き始めるのは、11月か12月からと遅れてしまい、それまでは、ここランバレネの別の家に引っ越すことになりました。何だか私が追い出したような形ですが・・。マリカさんは、「ほとんどの荷物はもう異動先の都市に送ったから、別の小さな家に住む方がいいの。」と言ってくれ、私は、ついに一人暮らしを開始することになりました。

思えば、大学生の頃から一人暮らしを始めて今年の3月まで約10年、自由気ままに自分だけのペースで生活してきたのが、4月から昨日まで、実家→駒ヶ根研修所での約200人との共同生活→ガボンでのホームステイ(リーブルビル1ヶ月、ランバレネ3週間)、とずっと誰かと一緒でした。
特にホームステイは、異文化の中でのホームステイであり、楽しいこともある反面、生活のペースがつかみにくく、「早く一人暮らしして、自分のペースで生活したい!」と何度も思いました。でも、実際、久し振りに一人になってみると、やけに物音が気になったり・・正直なところ、ちょっと寂しいです。
これから先、こんなに長期間だれかの家で生活させてもらうことはきっと二度とないと思います。本当に貴重な経験でした。ステイ先の人たちは、少なからず(?)私がいることで煩わしさを感じることもあったと思うので、こんな私を快く受け入れてくれた人たちに心から感謝するとともに、将来、自分がホームステイを受け入れる側にもなってみたいなぁと思います。


 リビングルーム。家具は全て前任者のもの。マリカさんの職場に置いておいてもらったものを昨日運んでもらいました。今週末に頑張って片付けます・・。
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 台所。お皿やお箸までも前任者のものがあり、ほとんど何も新しく買わなくてすみそうです。
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トレッセされちゃいました!

日曜夕方、マリカさんの姪が私の髪の毛をガボン人のように編んでくれる(髪を編むのをトレッセといいます。)と言い出しました。一度やってみたかったので、お願いし、近くのお店まで付け毛(写真)を一緒に買いに行ってもらい、16時45分開始。

 この写真の約4倍の量(2,000F;約500円の付け毛を2束)を使いました。
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私の髪をちょっとづつとって三つ編みをし、途中から付け毛を足して編みこむ手法。こちらの人たちのチリチリの髪の毛に比べると、私の髪の毛はサラサラで、最初苦労していたみたいですが、いとこも加わって、徐々に編みこまれていきました。

 左が姪、右がいとこ
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私は、最初ワクワクして、出来上がる三つ編みを一つ一つ気にしていたのですが、1時間経っても、2時間経ってもまだまだ終わる気配なし・・。私はただ座ってるだけなのですが、お尻が痛くなり、だんだんと疲れが・・もう、そんなに細かくなくていいよ、と内心思いつつ、でも途中で終わるわけにもいかないので、ひたすらじっとして出来上がりを待つこと5時間半!!22時15分、やっと出来上がりました。

 前から見るとこんな感じ。
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 後ろはこんな感じ。
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魔女みたい?!私としては、初めてのトレッセに結構満足しています。
ただ、1日経過して感じること。
1. 重たい:髪の毛の量が付け毛で3倍くらいになってます。
2. 寝辛い:仰向けでも、横を向いても固い三つ編みが邪魔です・・。
3. 洗えない:水をかぶることはできますが、シャンプーは厳しいです。(こちらの人は1週間に1度くらい髪型を変えていて、そのタイミングでしかシャンプーしない模様。)せっかく長時間かけてできあがった髪型だけど、私も、1週間が限度。

異文化体験もなかなか大変ですが、でも、経験しないとわからないことがあり、あと、職場の人たちなど、ガボン人たちが私がこちらの文化を取り入れると、とても喜んでくれるので、いい経験となりました。

 ガボンで作った服を着て、職場の人たちと。
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姪は娘、いとこは妹?!

マリカさん宅にホームステイして既に3週間。つい2日前に発覚した事実があります。

私がここに来た時、女の子が4人いました。3人は妹、1人は娘と紹介され、娘は、随分マリカさんに似てない(マリカさんはスレンダーですが、その子はかなりふくよか)な・・と思いつつ、父親の血でこうなんだろう、と勝手に納得していました。でも、その子は、ずっとマリカさんのことを「ママ」でなく、「マリカ」と呼ぶので、2日前にあえて「なんでママって呼ばないの?」と聞いたところ、「ママじゃないもん。」って。「え???」
よくよく話を聞いてみると、その子は、マリカさんのお兄さんの子、つまり姪でした。
また、妹と紹介されていた他の三人もマリカさんの父親の兄弟の子、つまりいとこでした。
ここアフリカでは、姪も「fille(娘)」と呼び、いとこも「soeur(妹・姉)」と呼ぶらしいのです。複雑・・。
片親のみ同じ血を引く兄弟・姉妹がそれぞれいたり、また、それにいとこがいたり・・どうりでガボン人には、兄弟・姉妹が多いはずです。「兄弟・姉妹は何人?」って聞くと、「いっぱいいるから正式には分からない。」って答える人も本当に多いんです。

一番左がマリカさん(32、3歳)。かなり美人です。左3人が妹と紹介されたいとこ。左から23歳、22歳、13歳。
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貧困とエイズ

月曜日(9月1日)、世界基金からの食糧を届けに、エイズ孤児を抱えるあるお宅に訪問しました。
夫婦がエイズで亡くなった後、その親であるおばあちゃんが一人で18歳から8歳までの子ども6人を面倒みている家庭です。しかも15歳の女の子の子ども(赤ん坊)もいます。収入はおばあちゃんの退職年金のみで3ケ月毎に105,000F(約26,000円、つまり1ヶ月約9,000円)。最低賃金が80,000F(約20,000円)/月といわれているガボンで、どうやって暮しているのだろう・・と思ってしまいます。ちなみに家に電気・ガスはあり。水道は各地区に設置されている共同水道の使用です。(どのくらいのレベルの家庭から家に水道が引かれているのかはっきりわかりませんが、共同水道は、街中でよく見かけます。なお、私の職場の同僚の家には水道はありました。)
幸いなことに、その孤児たち6人は、みんなHIV陰性(エイズになるウィルスをもっていない)で、元気に育っていますが、働ける年齢である18歳の子や15歳の子も仕事が見つからないようです。
エイズに限らず、病気が人々に与える影響は、身体的なものに限らず、社会的なものを含んで非常に大きいですが、特にここアフリカでは、エイズにより、その負の影響が止まらないサイクルとなっているように感じます。
その負のサイクルに対し、自分が何ができるのか・・その仕事をしたくて「エイズ対策」という職種を選んで青年海外協力隊に参加したのですが、目の前にある現実は簡単なものではありません。
でも、当然のことですが、どんな現実の中でも、ガボン人も日本人と変わらず、みんな笑って、泣いて、怒って・・日々生活しています。なので、その生活の中の一員となることでも自分が果たす役割があるのかも・・と思いつつ、日々模索しながら過ごしています。
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