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新年祝賀会

1月11日、首都リーブルビルの日本大使館で、安全対策の講話(昨年起こった外国人を対象とした事件、事故などの紹介による注意喚起)とお食事会(在ガボン邦人の新年会)がありました。

お食事会には、お刺身、おせち(数の子、黒豆、栗きんとんetc)、てんぷら、筑前煮、赤飯等々、日本食のオンパレード!!
隊員はみんな歓声を上げてとびつきました。
そして、デザートも何種類ものケーキに白玉黄粉和え等々。
全く遠慮せず(後で、少し反省するくらい)、苦しくなるまでおなかいっぱいいただきました♪

↓セネガルに一緒に行った先輩隊員2人と。セネガルで買ったお揃いの布で服を作り、参加しました☆
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現在、在ガボン邦人は、約50名余り。
隊員23名をはじめとするJICA関係者、大使館関係者に加え、石油関係で一般企業から派遣されている方、国立公園で保護活動をされている方など、本当にいろんな方がいます。
日本にいては出会うことない、このような方々とお会いできる機会も大切にしたいと思っています。
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日本祭

1月10日、首都リーブルビルのネルソンマンデラ高校(理数科教師隊員の配属先)で協力隊員主催の“日本祭”を開催しました。

元々は、首都にいるある隊員の提案で始まったこの祭。
現在、隊員の大半が首都以外の地方にいる状況で、隊員同士が揃って話し合う機会も少なく、開催にあたっては、難しい面も多々ありましたが、首都にいる隊員の見事なリードの下、全員協力して無事大成功となりました。(来場者は、約160名)

主な出し物は以下の通り。
・隊員活動紹介
・柔道デモンストレーション(隊員と柔道を習っているガボン人の協同)
・ソーラン節披露
・ガボン人合唱隊による日本の歌披露+隊員とガボン人合唱隊による両国の国歌披露
・日本の文化紹介(浴衣着付け、伝統玩具遊び方紹介、文化紹介のDVD上映)
・エイズ感染予防に関するワークショップ
・日本食試食

私自身は、エイズ関連対策隊員6名で実施した上記“エイズ感染予防に関するワークショップ”にほとんどかかりっきりでしたが、そのワークショップも私たちのつたないフランス語にも関わらず、盛況で、参加してくれたガボン人に「おもしろくて、勉強になったよ」と言ってもらえました。

日本人、ガボン人問わず、人が集まって何か一つのことを行うというのは、意見が合わない時もあり、苦労も多いですが、ただ、その分終わった後の達成感は何とも言えないものがあります。今回は大部分を首都にいる隊員にお世話になる形でしたが、それでも自分自身、達成感を味わえたと同時にフランス語でワークショップを実施できたことから一つステップアップできたように思え、よい経験となりました。

↓ホームステイ先のパパとママが来てくれ、ワークショップも見てくれました。
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↓職場の同僚(臨床心理士)もランバレネからわざわざ来てくれ、浴衣着付けブースで私の浴衣を着付けてもらい、喜んでました。
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このような機会を通じ、私たち協力隊員がガボンにいること、そしてそれが何のためなのか、具体的に何をしているのか、ということ少しでも多くのガボン人に知ってもらえると嬉しいです。

新しい仲間

1月8日、新隊員及び新調整員の方がガボンに到着されました。
新隊員は2名。
私自身がガボンに到着してから、2回目の新隊員到着です。(前回は9月)
3ヵ月毎に新しく隊員が赴任するので、2回目の新隊員を迎えたということは、つまり、私はここガボンに来てから既に6ヵ月経過したことになります・・。
自分でもびっくりする早さ・・。
特にこの2ヵ月余り(11月~1月上旬)は、職場での開院イベントやセネガル行き等々、イベント続きでバタバタとしていたため、気づいたら半年も経っていた・・という感じです。
この辺りで、少し落ち着いて残りの任期の活動計画を立て、自分のやるべきことをはっきりさせていきたいと思います。

そして、新隊員とともにガボンに到着されたのが新調整員の小竹ご夫妻。
調整員は、私たち青年海外協力隊員のありとあらゆるお世話をしてくださる方で、現在の長谷川調整員は、1月末で任期満了されることから、新しく小竹調整員が赴任されました。

色々と人の出入りが続きますが、一期一会を大切に、その一瞬の時間を大切に、ここガボンでの生活を楽しみながら送りたいと思います。

ストライキ

時間が前後しますが・・

現在、月曜(1/12)から職場(CTA及びCTAが位置する州立病院全体)がストライキ中です。
このストライキは、ガボン全土で保健省管轄の職員(医師、看護師など医療従事者)が、給料の値上げを要求して起こしたものらしいです。
私は、1/12の朝、職場に行って、初めて知りました。

なお、私の職場であるCTAは、保健省管轄の職員(医師、看護師)と社会省管轄の職員(アシスタントソーシャル、ピシコローグ)が一緒に働いている場所で、社会省管轄の職員であるアシスタントソーシャルとピシコローグは、ストライキを起こしているわけではないので、働いてもよいのですが、医師、看護師がいないと仕事にならない、とのことでCTA自体を閉めてしまっています。
(CTAの医師は、今週首都に出張中で、ストライキで不在なわけではないのですが・・)

今日(1/14)、午前10時に州立病院で集会があると聞いたので、どんなものかと見に行ってみました。
時間にルーズなガボン人には珍しく、午前10時きっかりに集会が始まり、病院の看護師らしき人々を中心に、団結するような言葉を掛け合っていました。(詳細は理解できず・・)

↓州立病院の一角で行われた集会
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ガボンは、産油国であるため、他のアフリカ諸国に比べると豊かな国だと言われます。
ただ、その恩恵は一部の人間しか受けていないことは、私たち外国人から見ても一目瞭然で、国民は一番良く分かっています。
その不満をストライキという形で表現し、現在、教育省の学校の先生たちや水産省の職員たちもストライキを起こしているらしいのですが・・。

ストライキの是非は別にして、病院の閉鎖は、非常に危険です。
現時点で、今週中は病院を再開しないそうです。
ランバレネには、別にシュバイツアー病院という私立病院がありますが、そこは私立であるため、費用が高く、全ての人がかかることができません。
この間に亡くなってしまう患者さんもいるのではないかと思うと・・。
州立病院が一刻も早く再開することを祈るばかりです。

悲しい貴重な経験

昨年の12月10日、職場のトップであるDr.のお父さんが亡くなりました。
実家は、ランバレネから河沿いに1時間程船で下ったところにある村。
12月19日に日本でいうお通夜、20日にお葬式があるとのことで、職場の人たち何人かと一緒に泊まりがけでその村まで行ってきました。

19日の午前中に村に到着。
30戸程の小さなきれいな村で、電気はあり、一部の(裕福な)家には水道も引かれています。
村の人々総出でお通夜とお葬式の準備に取り掛かっていました。
私たちのように他の場所から集まってきた人々は100名近くいたと思います。
お父さんは、この地域の名士だったようです。

↓村の高台から見たお父さんのお家
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そして昼頃、首都の病院で亡くなったため、遺体が村の家に運び込まれました。
その際、集まった人々が歌を歌い、また人によっては声を上げて泣きながら悲しみを表現していました。
その後、家で安置された遺体の周りを人々が一回りしてひとつの儀式が終わり。
私も、職場の人々と一緒に遺体の周りを一回りしてお祈り。
私は、生前に一度だけ職場で挨拶を交わしたことがあるだけでしたが、やはり遺体を目前にすると涙がでてきました。

村の人々が用意してくれた昼食を食べた後は、私たちも村の人々に混ざって食事(夕食と翌日の昼食)の準備のお手伝い。
食事用バナナの皮をむいたり、野菜を切ったり・・。自分では普通にやっているつもりでしたが、こちらのナイフは日本のものと刃の向きが違うのか、私のやり方では、どうもうまくいかない・・。
周りにいたおばちゃんたちがみんな、私のやり方をみて、「手を切りそうで、こわい、こわい」って言っていました。で、実際バナナの皮をむいている時(食事用バナナは、皮が厚く、ナイフを使わないとむけない)に指をちょっぴり切ってしまい、しばらくの間、知らない人にも「バナナの皮をむいてる時に指を切ったでしょ。」と言われるくらい一気に有名人になってしまいました・・。

↓食事の準備風景
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夜は、まさかの野宿!!
空いている部屋があるから、そこに入って寝たらいいよ、と言ってくれる村の人がいたのですが、一緒に行った職場のおばちゃんたちが暑いから外がいいと言い、一人だけ部屋に行く、とも言えず・・。
内心では、「えー!!こんな川べりで、蚊がいっぱいいるのに、マラリアになったらどうするの??それに、一晩中外にいたら絶対風邪引くって!!」とかなりビビっていたのですが、仕方ない・・。
周りには野宿している人もたくさんいるし・・。
持って行っていたフード付きジャケットをかぶり、顔にはハンカチを当て、できる限りの防御をして寝ました。

↓こんな風に芝生の上に布を引いて寝ました・・
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(結果は、私は、マラリアにはなりませんでしたが、完治に1週間程かかるひどい風邪をひきました。そして、隣に寝ていたおばちゃんは、マラリアにかかっていました・・。)

そして翌朝。
汗を流すよって言われて職場のおばちゃんに連れて行かれたある村の人の家。
バケツで川から水を汲んで、「ほら、これで汗流しなさい」と、木の囲いのある一角に入れられました。
茶色に濁った川の水・・。村の人々の多くは、この水で洗濯、皿洗い、体洗いをこなしてます。川は流れているというものの、この水に何が含まれているのか・・。
汗は流したいものの、さすがにこの水で体を流す勇気は湧かず、仕方ないので、タオルをこの水で濡らし、体を拭いて終えました。

↓洗い場とバケツ&川の水
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お葬式は、村にさらに人々が集まり、午前10時くらいから約2時間かけて歌、お祈り、埋葬が行われました。

↓埋葬されたお墓
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そして夕方の船で無事帰宅。

文化、風習の異なる地域で初めてのお通夜&お葬式。
日本と異なることばかりで、驚きが多かったです。(例えば、多くの人々が人目をはばからず声を上げて泣いていたこととか・・。)
でも、その中でも、親戚が集まり、また近所の人たちが協力して食事の準備などをする独特の雰囲気は、日本のお葬式の時と少し似た雰囲気を持っており、何だか懐かしく感じました。
きっと、家族や親しい人々との結びつきというのは、世界中どこにいっても変わらないんだと思います。

天皇誕生日祝賀会

昨年の12月11日、首都のリーブルビルにある日本大使館で天皇誕生日を祝う祝賀会が開催されました。
この祝賀会は、各国の日本大使館にて毎年行われているようで、必ずしも私たち青年海外協力隊員が招待されるわけではないそうですが、ガボンではいつも招待を受けているとのことです。

ガボン国内における各国大使(アメリカ、フランス・・)やガボンの政府関係者など著名人を招いて、日本大使のご挨拶、日本食の提供が行われました。
大使の挨拶の中では、私たち青年海外協力隊の活動紹介も行われ、翌日の新聞にその記事が写真と併せて掲載されました。

↓在ガボン日本大使の加藤大使と奥様と。非常に気さくで優しい素敵なご夫婦です。
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↓新聞記事。右下の写真が協力隊員で、一番左奥が私です。(隊員は会の中で焼き鳥屋台のお手伝いをしたので、みんな黄色のはっぴを着ました。)
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あけましておめでとうございます

皆様、大変遅くなりましたが、新年明けましておめでとうございます。
2009年は1日も日本に居ない年となりますが、皆様のご声援を
どうぞよろしくお願い申しあげます。

年末年始にかけてバタバタとしており、ブログの更新ができず、
申し訳ございませんでした。
落ち着いた生活に戻りましたので、年末年始の間にあった出来事を含め、
また、ガボンの情報を発信していきます!
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