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お誕生日会

4月25日(土)、自分の誕生日のお祝いも含め、「誕生日会」を開きました。

参加者は以下の通り。
・クリステル(職場のピシコローグ)
・クリステルの娘(8歳)
・クリステルの息子(5歳)←私と同じ4月24日生まれ☆
・エメ(職場のアシスタントソーシャル)の義理の娘<旦那さんの前の奥さんの子ども>(15歳)
・エメの娘(4歳)
・濱川さん(同期隊員)
エメは、身内に不幸があり、急遽息子を連れてリーブルビルに行ってしまったため、今日は参加できませんでした。

↓左からクリステル、クリステルの娘、私、エメの義理の娘
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そして、私が用意したメニューは・・
【食事】
・五目寿司(五目寿司の素を使用)
・五目ごはん(五目ごはんの素を使用)
・鶏のから揚げ
・ハンバーグ
・ポテトサラダ
【デザート】
・チーズケーキ
【お菓子】
・かっぱえびせん
・かりんとう
・フルーツキャンディ

子どもたちが好きそうな“鶏のからあげ”“ハンバーグ”を選択したのですが、やっぱり子どもたちはごはんよりお菓子の方を好む様子。(日本と同じですね・・)
一番喜ばれたのは、一応私が作った“チーズケーキ”でしたが、それと同じくらい人気があったのは“かっぱえびせん”(これは、首都の韓国食材店で売ってる韓国製のもので、日本のものではありませんが・・)でした・・。

五目寿司の反応は・・残念ながら今いち。
日本人の濱川さんと私だけが喜んで食べてました。
ガボンの人達は、食事に砂糖を使いません。(フランスの影響らしい。)
なので、寿司酢の甘さが好みに合わなかったようです。
五目ごはんの方は、醤油味の塩加減がこちらのごはんと似た感じがあったようで、中々好評でした。
そして、お菓子にしても、ガボンの人達は、あまり甘いものは好みません。
(暑い国の人々は日本人がびっくりするくらい甘いものが好きというイメージを勝手にもっている私には意外なのですが・・)
なので“かりんとう”も「甘すぎる!」と言って不評でした。

誕生日という機会に今回初めてちゃんとガボンの人達を家に招待したのですが、食事に対する反応など、とても興味深かったです。

↓私が生まれた25年後にクリステルから生まれたヤニス
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そして、そして・・
クリステルやエメの家に遊びに行っても、いつも思うことですが、子どもたちは、常に元気。
疲れを知らず、私の家にあるものを次々と遊び道具にして遊び、音楽に合わせてダンスし・・。
とってもかわいいのですが、正直なところ、「ずっと一緒だと疲れるだろうなぁ・・」と思ってしまいました。
改めて母であるクリステルやエメを尊敬する機会となりました。

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30ans (30歳)

2009年4月24日、30歳になりました。
母親が私を産んだ年。母親とは違い、ついに結婚も出産もしないまま30代です。
こんな日本から遠く離れたアフリカで30歳を迎えてしまい、親には申し訳ない気持ちもありますが、それ以上に自分のやりたいようにやらせてもらえていることを心から感謝します。
本当にありがとう。

そして、たくさんの仲間。「おめでとう」をありがとう!
ガボンの4月24日0時に合わせて国際電話をしてくれた大切な仲間。
「おめでとう」メールを送ってくれた大切な仲間。
本当に、本当にありがとう。
30年間に出会えたすべての人に感謝します。

今日は、職場にここガボンで作った新しい服を着て行き(こちらで作った服を着ていくと、みんな喜んで褒めてくれる)、「誕生日なの。」と伝えるとみんな「わぉ、おめでとう!」と言ってくれました。
そして、アシスタントソーシャルのギョムが仕事帰りに「クペクペ」という豚の炭火焼きとガボンのビール「レガブ」をご馳走してくれ、誕生日をお祝いしてくれました。

↓アシスタントソーシャルのギョム(右)と4月に新しくきたピシコローグのタニア(左)
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自分で自分には、ランバレネで初めて「ケーキ」を買って帰りました。
見た目からして、到底おいしそうではないのですが、何だかやっぱりクリームのついたケーキが食べたくて、買ってみました。
味は・・。「いつ作ったんだろう・・?」というパサパサしたスポンジと固いバタークリームで、見た目通り、やっぱりおいしくはありませんでしたが、記念なので、全部食べました。

↓私の誕生日「ケーキ」
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そしてその後、家にいるといつも挨拶を交わす2軒隣の親子が家を訪ねてきました。
「なんだろ?」と思ってでてみると、
「お誕生日おめでとう!」と言って花を持ってきてくれたのです!
同期隊員の濱川さんが彼らに私の誕生日のことを伝えたらしいのですが、思わぬプレゼントをもらうことができ、とっても嬉しかったです。

↓花をプレゼントしてくれた親子 子どもたちがとってもかわいい☆
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そして、明日(4月25日)は、誕生日会を開きます。
同僚であるピシコローグ(臨床心理士)の5歳になる息子が私と同じ誕生日であること、アシスタントソーシャルであるエメの6歳になる息子が4月21日に誕生日だったことがあって、彼らを家に招いて誕生日会です。
ガボンの人たちをちゃんと家に招待して食事を振る舞うのは初めてなので、どんな反応を得るか、不安もありますが、楽しみです。


★ちなみに・・今日の15時前の気温は39℃でした。
 こんなに暑い誕生日を迎えたのは、生まれて初めてです・・。

↓3月下旬に街に設置された電光掲示板。(日付、時間、温度を示してくれます。)
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褒め言葉じゃないよ・・

10日ほど前、リーブルビルに行きました。
そこで偶然3ヵ月くらいぶりに出会ったガボン人の友達に
「トモコ、太ったね!いいことだ!」
と明るく言われ、
「ええーー?!まじで??」
とショックを受けました。
体重は変わってないはずなのにおかしいなぁ、と思っていたら、
1週間ほど前に職場でもアシスタントソーシャルに
「トモ、太ったでしょ?」
と、軽い調子で言われ、またショック・・。
そして、昨日(4月20日)、半年くらいぶりに家に遊びにきたOlga(ガボン人女性)にも
「トモコ、太ったね~。ガボンで落ち着いて生活できてるってことだね。いいことよ~。」と。

3人にも言われたってことは、体重も増えちゃったのかな・・と思い、今日(4月21日)恐る恐る職場にある体重計に乗ってみると、やっぱり体重は変わらない。(数百グラム増えてるような気もしたけど・・)
体重計に乗った時にそばにいた掃除のおばちゃんに
「何人かに太ったって言われたんだけど・・」
と言うと、そのおばちゃんも、
「うん、うん。太ったと思うよ。」と笑顔で言う・・。
何が変わったのか・・。重力によって下半身がさらに立派になったから??
急に周りのガボン人に太ったと言われようになった原因は、よく分からないけど、でも見た目丸くなったのはどうも否定できないらしい・・。

ガボンでは、女性に対して「太った」とか「太っている」と言うことは、ごく普通のことで、むしろ褒め言葉。
「太っている」=「豊か、お金がある」で、ガボン人男性も太った女性が好きな人が多いらしいのです。
それは分かっていても、「太った」と言われるとやっぱりショック。
「日本人にとっては、太ることは良くないことで、私は太りたくないの。」
と説明しても、容赦なく、明るい笑顔で「太った」と言ってくれるのです・・。

↓家の前でOlgaと。(顔が切れてるのは、Olgaの孫の男の子。)
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やってしまった・・。

これまで職場で仕事上、悔しくて、腹が立って、涙がでそう・・ということは何度かありましたが、ぐっと我慢してきました。(その原因のほとんどが私のつたない仏語のせいでもあるため・・)
でも、遂に昨日(4月20日)、我慢しきれず、Dr.とアシスタントソーシャルの前で涙を流してしまいました・・。

私の職場である「CTA」はガボンの各州に設置されており、それぞれのCTAが、その活動を月毎にデータとしてまとめ、中央の保健省に提出する報告書を作成しなければいけません。
(例えば、HIVの検査に来た人の数やその内のHIV陽性者の数等々)
その報告書のため、データをまとめる作業が現在の私の業務の1つになっており、過去のはっきりしないデータとどうにかつじつまを合わせながら、そして患者さんのカルテをめくりながら、対応しています。
そして、それらのデータの中には、ちゃんと調べる程、CTAの長であるDr.にとって望ましくない(CTAの活動を評価する上で望ましくない)データも存在しており、去年の報告書の時点では、そこを曖昧なまま(職員の言う通りにして)通していたのですが、今年からは、私が調べ、そこをはっきりさせることにしました。
望ましくないデータから、私たちのCTAが直面している問題を認識し、解決方法について職員みんなで考えるきっかけができれば・・と思っていたのです。

ただ、結果的には、そうなる可能性もあるかもしれませんが、昨日、そのデータを見たときのDr.の反応は予想以上に強烈でした・・。
私に対し、
「ありえない、そんなわけない」
と連発し、
「どうやってそんなデータをだしたのか、説明してみろ」と。
また、ここで私がうまく仏語で説明できなかったこともあって更にDr.がヒートアップ。
「こんなデータなわけはない。ちゃんと仕事しろ。」
と私の出したデータを全く信用しようとしません。

自分が信用されないこと(これまで信用を得ようと頑張ってきたつもりでもあるのに・・)、そしてそれ以上に、事実を認識しようとせず、自分の記憶だけに頼って人を否定するというDr.の態度・・。
Dr.のそういった態度にはこれまでにも何度か直面してきましたが、「またか・・」と思って、悔しいやら情けないやらで・・。今までの我慢も重なり、泣いてしまいました・・。
Dr.は一瞬たじろぎ、アシスタントソーシャルもびっくりしていましたが、私自身は、
「あ~やってしまった・・。」と流れる涙を必死で止めながら大反省・・。

今回の私の涙が、今後どう影響してくるのか分かりませんが、でもやっぱり泣くのは反則。
以後慎むよう、努力します。
そして、後から冷静に考えると、この涙の原因の大部分は、やっぱり私の仏語。
Dr.に対して、ちゃんと説明できていたら、泣く程悔しい思いをしなくてよかったはず。
赴任10ヶ月で余り(ほとんど?)成長しない仏語を諦めかけていましたが、やっぱり頑張らないとだめだなぁと改めて反省しました。

※ちなみに、Dr.は難しいところがあるのも事実ですが、悪い人ではなく、本当に良く働く人で、私は、医師としてとても尊敬しています。

祝日

今週は、祝日の少ないガボンに珍しく、2日も祝日がありました。
1日目は4月13日月曜日。
4月12日日曜日がイースター(復活祭)というキリストの復活を記念するキリスト教の祝日だったことで、翌日の月曜日も祝日としてお休み。
2日目は4月17日金曜日。
「女性の日」(母の日?)という祝日で、お休み。

ガボンの祝日について、日本と異なる点が2点あります。

まず、1点目は、キリスト教の祝日もイスラム教の祝日もどちらも祝日として休みになること。
キリスト教の祝日は、上記イースターの他にクリスマスがあり、イスラム教はラマダン(断食)明けの祝日が9月末頃にあります。
どちらの宗教も大切にされていることを感じます。

2点目は、祝日として休みになることが1~3日前に決まり、テレビなどを通して知らされることが多いこと。
今週でいうと、イースター明けの祝日(4月13日)は事前に分かっており、職場にあるガボンのカレンダーでも祝日の赤字表記だったのですが、4月17日については、カレンダーでは赤字ではありませんでした。
4月17日が正式に休みになることがきまったのは、2日ほど前です。
日本だと信じられない話ですが、ガボンではこれが普通です。
余り先の予定を組もうとしないガボン人の国民性は、こういうところからきているのでしょうか・・?!
それとも祝日でしか仕事などを休もうとしない(休めない?)日本人が逆に祝日に固執しすぎなのでしょうか・・・?!
(ガボン人は、祝日とは関係なく、「バカンス」として1年に2週間程休暇をとります。)

お土産?!

下記カナダNGOとの村回りの中で、レバンバの村を回った際、“フールー”という虫にやられました。
目に見えないちっちゃな虫で、蚊のように人の肌を刺すのですが、その数と痒さが半端じゃない・・。
私は、虫よけスプレーをふっていたにも関わらず、両腕、両足(足首回り)、腰(Tシャツとズボンの境目)をやられました。
その痒さは、最もひどい時は、ムヒ(虫さされ塗り薬)を塗ったくらいでは効かず、抗ヒスタミン剤を飲まないと我慢できないくらい・・。辛かったです。

そして、さらに辛いことにその刺された跡が今でもまだ汚く残っているのです・・。
(痒さのあまり、かなり掻き毟ってしまったことも原因ですが・・)

村回りから戻った次の日、職場の人たちにそのフールーの跡を見せると、
「まぁ、かわいそうに・・」と同時に「いいお土産だね~」と。
確かに。
マラリアにかからなかっただけ、良しとして、この体に残るフールー跡は旅の思い出ということにしておきます。

ミッション!

3月24日から4月7日まで、カナダの医療NGOの無料診療村回りに参加してきました。

このNGOは、カナダ人のDr.が代表者のASCCA(ALLIANCE DE SANTE COMMUNAUTAIRE CANADA-AFRIQUE:無理やり日本語にすると「カナダ‐アフリカ健康共同体同盟」)という団体で、数年前からガボンの田舎の村々で年に1度くらいのペースで無料診療を実施しており、昨年から私の配属先であるランバレネCTAとの協力が始まったようです。

今回の村回りは、2地域を対象とした以下の2クールで構成されていました。
①3月24日~3月30日
 ランバレネの川沿いの村々を対象とした3月25日から3月29日までの5日間の無料診療。
②3月31日~4月7日
 レバンバ(ランバレネから車で5時間程内陸に入った街)周辺の村々を対象とした4月1日から4月6日までの6日間の無料診療。

カナダからの参加者は、医師、看護師、看護学生、薬剤師、ロジスティック(物資の調達や人々の調整を行う係)の人々約20人。それにASCCAがガボン以外に活動地域としているベナンからの参加者や、もちろんガボンからの参加者(医師、看護師など)もおり、①と②で人数の増減がありましたが、合計40~50人の人々が集まった大きな仕事でした。
※ちなみにカナダからの参加者は、ほとんどがケベック州出身の人々で、仏語が母語の人々でした。

それぞれの地域で寝泊まりする拠点を定め(①の場合は川沿いのある村の役人さんの大きな家、②の場合はレバンバの学校内にある研修施設)、そこから毎日違う村に出向き、村にある無料診療所(といってもDr.はおらず、薬も限られている)や小学校などの場所を借りて、無料診療、薬の無料配布を行いました。
診療は、内科、外科、小児科、婦人科、眼科、HIV(エイズ)検査。
人々は、まず受付でカルテのような紙を作り、どこに診療してもらうか決め、各診療を回った後、薬局(薬は全てASCCAがカナダから持参したものかアフリカ内で購入したもの)で薬をもらって終了、という流れでした。
普段、医者に診てもらう機会の少ない村に出向いていることもあり、連日大盛況。①の地域で毎日200人程度、②の地域では毎日300人程度で、400人を超える日もありました。

↓受付の前に並ぶ人々
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私自身は、①の際は、職場のDr.とピシコローグと3人でHIV検査の担当。HIV検査も連日大盛況で、平均で80人程度、多い日は100人を超す人々が検査を受け、私たち(特に検査前後のカウンセリングを行うピシコローグとそれの補助&記録を行う私)は、お昼のサンドイッチを食べる暇もないくらい、忙しく働きました。

↓カウンセリングを行うピシコローグ(左)
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そして②の地域では、レバンバにある病院のスタッフがHIV検査を担当するということで、当初、職場のDr.のみ参加で私とピシコローグは不参加の予定でしたが、ASCCAの代表者であるDr. Donが私が「薬剤師」ということで「薬局で働いてみてはどう?」と言いだし、結局、薬局担当ということで私のみ参加することになりました。
Dr. Donの提案に対し、一度、薬剤師として働いた経験が無いことと仏語に不安(特にカナダ人の仏語は慣れていないし、分からない・・)があることから、参加を断ったのですが、「経験として楽しめばいいから」と優しく言われた上に、最終的には職場のDr.から「参加するよね?」と念を押され、「No」とは言えず、不安を抱えた形で参加することになりました。

↓ASCCAの代表者Dr. Don。いつも笑顔で、とっても素敵なDr.です。
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ただ、最終的には、②にも参加させてもらえて本当によかったです。
カナダでは、州によって異なるらしいのですが、薬剤師が処方できる(診断に対する薬を決められる)らしく、カナダ人の中の唯一の薬剤師は、各診療を回ってきた患者のカルテ様の紙を見て、薬を決めていきます。
本当は、同じ「薬剤師」という肩書を持つ私には、この仕事を補助してほしかったのだと思いますが、2重の壁(経験なし&仏語)がある私には到底無理・・。なので、他の薬局内のスタッフ(彼らは、薬剤師ではない)と同様に薬剤師の決めた薬をとっていくテクニシャンとして働きました。
テクニシャンとして働くのも、慣れるまでは他のスタッフに質問することも多く、手がかかる子だったと思うのですが、3日目くらいからは、だいたい分かり、処方の内容について理解する余裕も生まれ、そのおかげで薬の勉強ができました。
そして、①の際は、ほとんどの時間をピシコローグと一緒に過ごしていたので、カナダからの参加者と個人的にゆっくり話す機会がなかった(というか、仏語がわからないため、話すのが怖かった・・)のですが、②にも参加したことで、少しずつ話す人も増え、交流ができたことが何よりよかったと思います。
(ただ、やはりあまり話せないため、“日本人はおとなしい”という少し間違った印象をカナダ人に与えてしまった可能性がありますが・・)

↓薬局内のスタッフ。右端が薬剤師で真ん中2人はテクニシャン。
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ガボンにおいて、ガボン人だけでなく、思わぬ人々と交流できたこと、そして、NGOとして十分に組織された活動に参加できたことは、本当に良い経験となりました。

次回、9月にも同様の無料診療村回りを行う予定があるとのことで、また参加できることを楽しみにしています。
ただ、今回、カナダから参加した人のほとんどは次回以降参加することはありません。
本当に「一期一会」です。
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